有島武郎 惜みなく愛は奪う(奪わない)

とりあえずメモです

 

有島武郎は、「私の小さな愛の経験」に基づいて「惜しみなく愛は奪う」というエッセーを書いている。彼はこの中で、「愛とは与えるものではなく奪うものだ」という事実を強調し、この主張をふくらませて、「(人間は)絶えず外界を愛で同化することによってのみ成長」してきたと言い、「(個人の内容とは)私と私の祖先とが、愛によって外界から自己の中に連れ込んできた捕虜の大きな群れ」に他ならないと力説する。

彼は、愛する対象を奪い取って来て自分を拡張し増補することができるというのだが、果たしてそんなことが可能だろうか。愛によって、外界が自我内に摂取されるなどということがあり得るだろうか。

 

彼は死ぬ前に足助素一に、「人間性と言ったって自分だけのもので、惜しみなく愛は奪うといってみたところで、実際には少しも奪いはしない」と悲痛な告白をしている。

 

取り入れ(摂取, Introjection)[5] - 投影と逆で、他者の中にある感情や観念、価値観などを自分のもののように感じたり、受け入れたりすること。特に他者の好ましい部分を取り入れることが多い。発達過程においては道徳心や良心の形成に役立つ。しかし度が過ぎると主体性のなさに繋がったり、他人の業績を自分のことと思い込んで満足する(自我拡大)、自他の区別がつきにくい人間となる。「相手にあやかる」[6]。

防衛機制 - Wikipedia