中村淳彦『ルポ 中年童貞』 と 境界例

 

ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)

ルポ 中年童貞 (幻冬舎新書)

 

 本書には大学時代にリストカットを繰り返し「境界性人格障害」の診断を受けた「中年童貞」の山下博氏(仮名・34歳)という人が登場するわけだが

 そして、大事件が起こった。

 授業が終わって大学を出ようとしたとき、校門の向こうから山村さんが歩いてきた。隣には見たことのない背の高い男が寄り添っていて、山村さんは楽しそうにスキップをするように歩いていた。すれ違ったとき、二人は笑顔のまま通り過ぎていった。

「首を切ったのは、そのときですね。その一緒に歩いていた男を彼氏と思い込んで、二人が通り過ぎた瞬間に死のうと思った。校門の前で手首と首を同時に切った。首と手首の動脈を同時にやったので異常な量の血が出て、校門の前は血まみれで悲鳴とか聞こえて大騒ぎになりました。首までやったことが決定的な理由になって、そのまま精神病院に送り込まれて閉鎖病棟に入った。病院では境界性人格障害って診断された。

(P66)

しかし、とある新興宗教に入信して救われる(?)ことに

 精神病院で出会ったのが、面会にやってきた同級生に勧められた新興宗教の○○会である 。差し入れの会報や経典を読むと、信奉すれば幸せになるという教えだった。経典を熟読して祈ることを始めたところ、次第に自分自身の精神状態が好転したという。

 山下氏は○○会に入信してからは小さなリストカットはするものの、自殺未遂のような破滅的な行動は一度もとっていない。

(P66-67)

関係ありそうな論文↓

違いは、境界例が傾倒する対象にある。青年期境界例は脱構造的な生身の人間関係を求めて、他者・他者群のあり様に投影・同一視(傾倒)し、成人期境界例は、「同一性の不確実性」が生起するのを厭い、特定の「文芸や宗教など」の私的共同体の単一で半ば恒久的な「文化・社会的価値観」に傾倒する。そして、形成された「同一性」は、安定時はともに境界例病理を沈静化させるが、堅牢さは後者の方が比較できないほどに大きい。

 

境界性人格障害と自我構造

https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/HK/A011/HKA0112L001.pdf

 

人格の陶冶を回避して形成された成人期境界例の(形だけの)『同一性』は、「宗教を信仰する個人」が特定の宗教共同体の「文化・社会的価値観」に準拠し、人格を陶冶して形成した宗教的文脈による本来の『同一性』ではない。

-同上

 

けれども、「成人期境界例」が特定の宗教共同体の「文化・社会的価値観」に傾倒し、人格の陶冶を回避して形成した『外囲いの同一性』を基盤にした「文化・社会的価値観」は独善的にならざるを得ない。
「成人期境界例」の人格の陶冶を回避した独善的な「文化・社会的価値観」が、特定の宗教共同体以外の生活空間や「一般個人」の「文化・社会的価値観」に是認されることはない。 したがって、「成人期境界例」の人格の陶冶を回避した独善的な「文化・社会的価値観」は、特定の宗教共同体以外の生活空間の種々の「文化・社会的価値観」に遭遇する度に否定され、潜伏し顕在化するのを「救われて」いた境界例病理の中核的病理である『同一性の不確実性』は、生起・増幅する。

-同上

 

本書に登場する「中年童貞」の人たちはこれら↓のようなものを得られていないのではないだろうか?(他人事ではない)

Erikson のいう『同一性』の感覚の三条件は、「(1)この私はまぎれもなく独自で固有な存在であって、いかなる状況においても同じその人であると私自身が認め、他者からも認められている。(2)以前の私も今の私も一貫して同じ私であると自覚している。(3)私は何らかの社会集団に所属し、そこに一体感を持つとともに他の成員からも是認されている」である。

-同上 

『ルポ 中年童貞』に戻ると、本書には上記の山下氏以外にも職場で自分の顔を鼻血が出るほど殴った(自傷行為)ことのある境界性人格障害の疑いがある男性も登場する

 人見知りやコミュニケーションが苦手で女性とうまく付き合えないということから始まり、女性嫌悪自傷癖、摂食障害性同一性障害回避性人格障害の疑いと数々の深刻な問題を抱えるまでこじらせている。そして、それを自覚して長年悩んでいる。

(P110)

 女性の境界例患者は男性にモテるみたいだが

境界例青年とくに女性例のまわりには不思議に次々と保護的な異性が出現するものである。彼らもやはり、患者には自分がいないと患者はどうなってしまうかわからないと思うようである。

成田善弘『青年期境界例』(P80)

メンヘル男はつらいよ

改訂増補  青年期境界例(オンデマンド版)

改訂増補 青年期境界例(オンデマンド版)

 

介護現場のトラブルメーカーになってる「中年童貞」男性について

 セクハラ、パワハラ、イジメ、虚言、対立、離職、混乱、クライアントからの苦情、著しい業務の遅れ、仕事が終わらないことによる長時間労働などが起こっても、最初はなにが原因でそうなっているのか、同じ職場で働いている同僚にもわからない。

 なにかがおかしいと検証を繰り返しているうちに、発端や原因の人物が発覚する。いくら助言や注意をし、改善を求めてもまったく本人には響かず、揚げ句には善意のある同僚がフォローや仕事の肩代わりをしても、逆恨みしてさらなる攻撃をしたりする。

 職場の人間たちは、一人の中年童貞のために、膨大な時間を失い、挙げ句に攻撃されて理不尽に精神を追いつめられ、ダメージを受け続ける。自せ分が原因でトラブルが起こり、多くの人を巻き込んで無駄な時間を使わせても、その混乱の発端となっている自覚はなく、いつもと変わらず文句や愚痴を言っていたりする。

(P158-159)

↑を読んで↓を思い出した…

BPDの人たちに対しては、自分に向けられている対応は基本的に「自分」がしたことにもとづいていること、そのような展開になったことに対して、相手の対応を責めるのではなく、責任は「自分」にあるのだということを、たびたび思い出してもらうことが大切です。

ジョロルド・J・クライスマン他『境界性人格障害のすべて』(P180)

境界性人格障害(BPD)のすべて

境界性人格障害(BPD)のすべて

  • 作者: ジェロルド・J.クライスマン,ハルストラウス,星野仁彦,Jerold Jay Kreisman,Hal Straus,白川貴子
  • 出版社/メーカー: ヴォイス
  • 発売日: 2004/06/01
  • メディア: 単行本
  • 購入: 15人 クリック: 105回
  • この商品を含むブログ (37件) を見る
 

 

[関連URL]

d.hatena.ne.jp

加藤智大容疑者と境界性人格障害(ボーダーライン)

http://www.geocities.jp/japankaroshi/katoborder.htm